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6/8 【破顔神楽の虫談義】片桐仁×小松貴「昆虫愛!」 『昆虫学者はやめられない―裏山の奇人、徘徊の記』(小松貴著)刊行記念トークイベントに寄せて

振り返れば小学校低学年まではわたしも虫が友達でした。通学路のカタツムリ、松脂に足を取られるカナブン、母の疎開先のカエル、バッタにコオロギ、セミ、トンボ。図鑑を眺め、お墓も作りました。

いくら付き合いを長くしても虫との関係性が変わらないと知り徐々に疎遠になったのかもしれません。

彼らの生態に迫り人生を捧げるにはあまりにも意思疎通が難しいのです。



小松貴さんはそんな事などどこ吹く風。

雪と氷の中を凍えながら三年探し見付ければ自然を司る女神の思し召しだと崇めます。目当ての虫探しのためアフリカ奥地で現地人のトラブルに巻き込まれ、炎天下冷房の効かない車で足止め食らう事もありました。

この様に半生半死でほんの爪の先ほども無い大きさの命たちに好き好んで翻弄されるのです。



片桐仁さんはそんな小松貴さんの人となりを要所要所で浮き彫りに
します。

虫を追う目的が標本化ではない事。
虫を見つけても無闇に餌付けをせず自然のままに生きるさまを見守
る事。
こうした彼の、虫と向き合う基本姿勢は虫への敬意に満ちています。



小松貴さんのご著書を読まずに来場したお客さんにとって片桐仁
んはインタビュアーでもあります。
かと言って彼のご紹介をもし冒頭で行えば専門用語の羅列に空気は堅苦しくさながら講演会の様相を呈したでしょう。

導入部にはエンタテイメント要素をひと匙加えてコアな世界の入り口を見せ、会場が盛り上がりる頃、経歴に触れる。
果てしない唖然呆然武勇伝の狭間、靴に泥を付けたまま熱く語る昆虫少年がれっきとした学者さんである事を思い出させてくれます。

 


昆虫がお好きな理由を、気付いたらぞっこんであったと返した小松貴さんの惚れ込みようは殆ど恋愛そのもの。
友人の惚気話に付き合わされているかの様に片桐仁さんは、一歩距離を置きながらも突き放さず温かいまなざしで、呆れながら感心しながら短いコメントを差し込み、ラストスパートへの盛り上がりに拍車をかけます。