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お話の森2019年8月4日 5/7 『つちはんみょう』

「これから読む絵本には、ある昆虫が出てきます。土の中から出てくる虫です。さて、どんな虫でしょうか?」

 


かぶとむしーーー!!

 


せみーー!!

 


ばったーー!!

 


もぐらーーー!!

 


ちょーーー!!

 


「聞こえな〜ぁい!いっぺんにしゃべるから聞こえないー!」

 


一瞬しんとしました

 


が、

 


かぶとむしーーー!!

 


せみーー!!

 


ばったーー!!

 


もぐらーーー!!

 


ちょーーー!!

 

 

 

「せみじゃありません」

 

 

 

かぶとむしーーー!!

 


せみーー!!

 


ばったーー!!

 


もぐらーーー!!

 


ちょーーー!!

 


「もぐらは昆虫じゃないです」

 


かぶとむしーーー!!

 


「かぶとむし3回言いました、違います」

 


ななふしー!!

 


「ななふし違います」

 


昼の部も夕の部も誰も当てることの出来なかったその虫は「つちはんみょう」でした。

 

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ガムランのような変わったメロディが流れてきました。まるでバリにいるみたい。

 


昆虫の表紙がスクリーンに巨大に映し出されると、わたしのとなりの女の子は

 


きもちわる〜い

 


と言って椅子からずるりと崩れ落ちました。

 


親御さんは舞台の方を向いたまま、その子の手をしっかりと握っていました。

 


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この絵本は作者の舘野さんが生態を観察して描いたものです。

生き残ることも次の世代を残すことも骨身を削る難しい生き方を進化の過程で選んだ、涙ぐましいけれど強かでずる賢くもある生き様に心の奥がしんとする、観察期間8年の大作です。

 


笑いも取らず、お芝居もせず、時折汗で下がってくるメガネをかけ直すくらいで、片桐さんは座ったまま本業朗読家のように淡々と滑舌良く一定のスピードでそれを読みます。

つちはんみょうの生態を通して、生きることは死ぬことと隣り合わせなんだという当たり前のことを一文字一文字刻み込むように。

 


誰もがつばを飲み込むことすら忘れて聴き入ります。

写実的な精密な絵。ページをめくるのが惜しいくらい。

 


心情描写が無く叙事的に淡々と綴られた、その観察日記は壮大な冒険そのもので、いつか自分が死ぬことなど想像だにしない子どもとその親の心の底をぎゅっとつかんで離しません。

 


会場を出る大人たちからは昼も夕の部も「つちはんみょう」は借りてみようか。と聞こえてきました。

 


大きな地球のどこかにいる、見たことも聞いたこともない小さな虫の大冒険の営みに比べると、便利な生活を送る人間の一生は何と変化に乏しくちっぽけなものかと思ってしまいます。

ですが、その代わりに長い寿命と沢山の可能性を持って生まれてきているのが、わたしたち人間なのですよね。

 

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お話の森2019年8月4日 4/7 『サトシくんとめんたくん』

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片桐さんが掲げた表紙は絵本らしからぬインパクトを与えます。サイケデリックな色遣いに大人もギョッとする一冊はデハラユキノリさん作。

 


「サトシくんってコレですからね〜」

 


指差したサトシくんの姿はくたびれた中年サラリーマン。ネクタイよれよれ、髪も寂しく、うだつが上がらない。

思春期の娘さんに鬱陶しがられ、お嫁さんにはおかずを減らされ、唯一の楽しみは「嫌なことが全部消えていく」仕事終わりのビールです。

 


あぁ〜あ、ダメだこりゃ

 


と小さく、隣に座るお母さまがつぶやき苦笑い。

 


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早くも3ページ目で飲み過ぎて帰路酩酊しているところ、ネコかと見紛う「めんたくん」との遭遇をきっかけに、サトシくんの日常はときめきと輝きを取り戻します。

お酒も忘れ、みるみるアクティブかつ健康的になります。

 

めんたくんはペット以上の存在です。プラモデル作りまで一緒に楽しんでしまいます。

めんたくんにとってもサトシくんとの日々は楽しく片時も離れない二人でしたが、蜜月は長く続きません。

 

ある日突然巨大な生物が「ゴゴゴゴゴゴゴ」とやってきました!トシコとメグミ(奥さまとお嬢さん)が怪物に捕まっているのをテレビで確認!

 


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あぶなーい!こうなったら家族奪回のため抗戦するぞ!!


「やまぼう」と「つきよのかいじゅう」のテントから布を取り去った骨組みだけの丸いドームがプラスチックの戦車に変身!

てっぺんに座ってドラムズ戦車を動かす片桐さんはサトシくんを演じます。

戦車はライトをピカッと光らせ巨大生物へ

 

 

スクランブル!機動戦士ドルズム発進!!」

 


この勝負、勢いは良かったのですが一瞬にして敗退します。

 


「あぁ〜っ!!」

 


戦車から崩れ落ちるサトシくん。いえ、片桐くん、

 


「やはりプラスチックでは弱かったかぁ〜!」

 


巨大生物の正体は、めんたくんを心配して取り戻しにやってきた、めんたくんのお母さんでした。

 


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大事なめんたくんを、街を踏み潰すほどの巨体のお母さんは、どういう経緯で夜の繁華街に迷わせてしまったのでしょうか?展開が早く飛躍し放題のナンセンス、思考停止に陥り笑うしかないのがこの作品のパワーです。

 


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めんたくんはお母さんと海に帰ります。

 


と、片桐さんは

 


「海ぃ〜?!」

 


(爆笑)

 


サトシくんには平凡な日常が戻ってきます。

おかずに並んだ明太子。

ん?何かに似ています。

そう、似ているのは、めんたくん…

 


おしまいのページは、明太子のとんでもない本当の姿です。

 


ええええええーーーーーっっっ!!!

 


どよめいてシアターが揺れたその衝撃のラストは、是非絵本をご確認ください…。

本の表紙背表紙の裏にはデバラさんオール手書きのマンガもありますよ。

お話の森2019年8月4日 3/7 『つきよのかいじゅう』

ネッシー見たことありますか?

 


湖にひっそりと暮らしているらしく、世界中で、いた!だの、いない!だのと議論になる、謎の巨大生物です。

このお話は、湖からひょっこり覗く不思議な生き物と、それをテントから観察する男の心の声の掛け合い。

 


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「やまぼう」だったゲルの赤い布を取り去り現れた骨組みに白っぽい布をかけようとしています。

 


片桐さんが入るには小さ過ぎる骨組みも、ひとりで布で覆うにはちょっと大きくて一発では無理みたい。

何度布を広げて被せても、どこか開いてしまう。

これじゃあテントが仕上がらない。

部分的に被さらないと

 


そこ!

 


そっち!

 


あいてる!

 


指差して教えてあげようと高い声が会場じゅうに満ちるので、片桐さんははだしの足で急いで指さされた方向へペタペタ走って行って布を掛け直します。

 

わざと不完全なテントを作っては子どもたちにそこだあそこだと教えられ、汗ぐっしょり。

そのステージと子どもたちの真剣な様子を見て大人がくすくすくすくす。

 


「これは、なんでしょうか?」

 


おにぎりー!!

 


いしー!!

 


いわー!!

 


テントーーー!!

 


「そう!正解!テント!!」

 


テントのてっぺんへお尻をズボッと突っ込み、お顔と本とひざ下だけ飛び出させ、ぷら〜んと垂らしたスネはいたずらっ子のよう。

 

 

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何日も何日も湖から飛び出した何者かを観察する男。

スクリーンの中でお月さまが形を変えていきます。

飛び出したそれは少しずつ正体を現します。

 


なんと!湖から飛び出した謎の生き物は巨大なヒトの足でした。

 


「えぇ〜〜〜っ?!」

 


ふくらはぎからつま先までを真っ逆さまに池に突き刺したかのように片方だけ。

時間が経つにつれまるで八つ墓村のように両脚、膝まで出して。湖の中はどうなっているのかしら?

 


絵本の中で太鼓の音で踊るふくらはぎ。足拍子も始まります。

 


「ボコボコボコボコボコボコ、ボン」

 


リズムに合わせて踊る片桐さんのふくらはぎ。

右へ左へ。上へ下へ。

 


「ボコボコボコボコボコボコ、ボン」

 


片桐さんの上手な足拍子と一緒に会場の全員の手拍子がピタリと合います。ゆったりとした鈍い一定のリズムが続きます。逆さまで見るとヒトのふくらはぎってネッシーの首みたいですね。見ているうちに足だか手だか、はたまた不思議な巨大生物だか分からなくなりそうです。

 


水の抵抗があるからなのか、ちょっと重ったるいそのリズムに合わせ、もしかするとテントから観察していた本の中の男も、一緒にリズムを取ったかもしれません。

 


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「ぼくは ネッシーみたいな かいじゅうを まっているんだ」

 

おわり。

 


「そんなにつまらなさそうにするぅ〜?!」おしまいのページで絵本の中の男に素っ頓狂にツッコんでおられた片桐さんはUFOを見たことがあるのでしたっけ。

もしもこの目撃者が片桐さんだったら、目を丸くして面白がってみんなに教えてくれそうですね。

 

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お話の森2019年8月4日 2/7 『きょうはなんのひ』

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この絵本はとても人気で、取り出した途端に

 


しってるーーー!!!

 


しってる!!!

 


「知ってるんですねー?だから何ですか〜?だからってお話の続きを言ってもいいってわけじゃないんですからねー!」

 


片桐さんは威張った格好でステージの真ん中を行ったり来たりしています。だぶだぶしましまのズボンを履いて、王様みたいですよ。

 


「おしまいの方は文字がいっぱいなんですよね」

 


親御さんから、わかるわかる、との笑い声が聞こえてきます。

 


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家を出る時、まみこはお母さんに呪文のような、なぞなぞのような問いかけを残して元気よく出かけます。お父さんも仕事に出かけています。

 


家でひとりお留守番のお母さんは、お嬢ちゃんに言われたとおり階段3段目を探します。そこには赤いリボンを結んだ白い紙がありました。

 


お母さんが開けてみると、また別の場所を探すようにと書いてあります。そこへ行くと、また赤いリボンの紙があり…

 


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わたしはこの絵本を両親に買ってもらってたいそう気に入り、まだ学生の頃友人の家を訪ねた時、このお話を真似して友人宅に仲間とこっそりと、いくつもの赤いリボンの紙をたくさん残して立ち去りました。

 


出席日数が足りず高校をひとりだけ卒業出来なかったその友人は、一人暮らしの部屋で全ての紙を集めたあと笑いの混じったため息をつきながら、わたしの家に電話をくれました。

 


紙に書かれた文章の1番最初にくる文字だけを集めると、「だいけんごうかくおめでとう」、大検合格おめでとうと読める仕掛けでした。

 


大人同士でやるのは照れ臭くて面倒で遠回しですね。

 


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「傘立ての?なか〜?」

 


傘立て、どこ?

とぼけてあっちへこっちへ探し回る片桐さんに、元気な声が飛びます。

 


まえーー!!

 


まっすぐーーー!!

 


「まえ????」

と言ってまっすぐ行き過ぎわざと通り過ぎる片桐さん。

 

 

ちがーうーーー!!


もっとみぎーーーー!!

 


「みぎ?僕から見て右はこっちなんだけど…」

 


小さなお客さまにとっての右は、傘立てとは逆の左側にありますよ!

 


ちがーう!ちがーーーう!

 


大騒ぎでシアターが破裂しそう。

 


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集まった紙は全部で13枚。

 


木の付く下を読んでごらん。

 


まみこの歌った通り、それぞれの紙の文字の上には、1枚に1文字ずつ木の記号が描かれています。

その真下にある字を順に読んでみると

 


「ケ?」

 


1枚目は「け」。

 


2枚目は…

 


「ツ?…ケツ?!」

 


子どもたちはおケツが面白くてしょうがなくてアハアハ笑ってしまいます。

 


「ビ?…オ??ビオってヨーグルトありますね」

 


これには健康志向の大人たちが苦笑い。

 


「トウ!!ヒーローか?!ヒーロー登場!とうっ!!」

 


お、め、で、と、う!おめでとうだよ!!

 


正解の声がちらほら聞こえます。

 


片桐さんがこの森の始まりで仰ったように、物語の結末を知っていても、まだ読んだことのない人のためにここではナイショにしておきますね。

 

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お話の森2019年8月4日 1/7『やまぼう』

大人と子供のための読み聞かせ、「お話の森」は昨年初めてシアタートラムで行われた夏休みのイベントです。

 

昨年同様、二部制で土曜日はローリー寺西さんが、日曜日は片桐仁さんがご担当。

本稿は日曜日の昼と夕の部を観覧して感想文を記したものです。

 

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さぁ開演です。馬喰町バンドの演奏で幕を開けると、どこからともなく片桐さんの声が聞こえてきました。もう、本を読み始めていますよ。

 


片桐さんは一体どこにいるのかな?

 


客席の子どもたちは舞台の上のひょろりと立った木の向こうを覗いてみたり、後ろを振り返ったりしますが、姿は全く見えません。

 


昨年のお話の森の最後の一冊は「森のかくれんぼう」でした。

舞台の森にたくさんの絵本と動物たちを隠して、どこにいるかをお客さんに答えてもらう仕掛けでしたが、今年の始まりはどうやら読み手ご当人さまが「かくれんぼう」です。

 


読み始めた本の1ページ目がスクリーンに映し出されています。

3人の子供と、青い空、大きなお山にはおめめとくちがついています。このお山はみんなとおしゃべりできるのですって。

 


『やまぼう』です。

 

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片桐さんが演じる、この世のものではない生き物の声は絶妙です。

こんな、のっそりとした気立ての好い山が喋るなら、きっとこんな感じだろうという声で子供の呼びかけに答えます。

 


まさに「やまぼう」が答える瞬間でした!

舞台に置かれたゲルの端。

パカっと割れて…

 


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やおら登場しようとのアイディアを打ち合わせで切り出したところ、こうするしかないですよとスタッフに諭されて、それが過酷な環境ながら諦めることなく実行してしまった片桐さん。

 


舞台中央上手寄り。

数枚の布をざっくりと合わせて骨組みの上にかぶせただけの簡易ゲル。

布の間が割れて突如顔だけニュッ!!飛び出しました!

 

いつもよりくるくるふわふわボリュームたっぷりにカールさせた髪は分け目を失い、お顔の2倍くらいのボリュームにふくらんでいます。そのせいで山に植わった木の一部のように見えます。「やまぼう」そっくりではないですか!

この仕掛けで見事お話の森は大人と子どもの爆発的な笑いに包まれ始まりました。

 


片桐さんが隠れていたゲルは高さも直径も2メートルあるかどうか。

せり上がりを利用したのだと思いきや、なんと開演30分間も(!)大きな身体を小さく丸めてその中に座り込み、照明に照らされ蒸し煮状態。

あれまぁ、片桐さんって閉所恐怖でエレベーターでもお好きではないって、どこかで仰っていましたよね?

34℃、酷暑日の最も暑い13時。そんな密閉空間から本を読み始めるなんて若手芸人がやることですよ!

片桐さんはベテランなのでフリスク食べながらスマホゲームしがらドームの中でじっとしていたそうです。

「少しでも動いたらここに居るってバレちゃうから!」

その結果、登場までに玉の汗をたくさん光らせ、足を痺れさせてしまうのです。

 


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子供たちと一緒に海に行きたい「やまぼう」は、子供たちに歩き方を教えてもらいます。

 


歩けるわけ、ないじゃん!山だもん!

 


客席からツッコミを入れていた男の子も、

 

「せーの!」「ずり」「ずり、ずり、ずり」

 

と「片桐やまぼう」がドラムスの音と一緒に大迫力でゲルごと不器用そうに移動し始めると、口を大きく開けて笑いながら、もう夢中!!

 


見る見る間にどんどん客席に近づいてきますよ!

怖いような可笑しいような。だけれどみんな椅子から動けません。

 

「ずり、ずり、」

 


きゃぁ!

 


どこまでこっちに来るんだろう!

 

「ずずずずず」!!

 


わぁ!

また来た!

 


またまた近づいて来たよ!

舞台の端っこ、すぐそばまで来て

 

 

「ざっぱーん。」!!

「ひゃぁ!つめたい!」

 

 

「やまぼう」が波打ち際までたどり着いた瞬間、シンバルも鳴りました。

肩をすくめて目が離せないでいる最前列の女の子。

 


みんなで海に行くことができて、初めての海を満足そうに楽しむ「やまぼう」でした。

 


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読み終えて木の下に向かうとエビアンをぐいっと飲んで汗を拭きます。

拭いても拭いても吹き出す汗に

「止まらなぁい!」

メガネを外してメガネを拭くも、

「拭いた布が汗だくだったぁ〜」

余計にメガネがびしょびしょに。片桐さん、着た服で拭くからですよ。

 


「暑いですね…僕だけですか?」

 


3枚着ています。Tシャツの上にTシャツ、更にボタン付きのシャツを!しかもさっきまでドームに密閉されていましたよね…。

 


今年は長梅雨で涼しく長い梅雨でした。今日も雨、昨日も明日も雨、カラッとしない長い初夏。明けた途端

 


「晴れたぁ!!…と思ったけど1日で飽きましたね?!」

 


どっとウケたりして。お天気の話、しただけなのに。

 


「今日は開演してすぐ本を読み始めました。去年僕が扉からどーもー!って登場したら、しーんとしてしまって…それがイヤだったので」

 


ケラケラ、遠慮なく笑ってしまうお客さんたちの、どのくらいが去年も来場した人なのでしょう。

 

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エッシャーが命懸けで守った男。メスキータ

わたしは今、最高にホロコーストが憎い。胸に溜まった憎しみが今にも喉から出てきそうで代わりにこれを書いている。

 

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初来日のメスキータ展は自画像に始まり撮影可の巨大吊り下げタペストリー部屋に終わる。

 

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美術展のタイトルに、その人の作品がほとんど展示されていないのにメインで展示されている人よりも前に記されている例をわたしは今まで見たことがない。今回はそのような少ない例だ。

 

 


木版画は木の繊維に沿って彫らないと剥がれてしまい難しい。一気呵成に筆を運んだかのような線。繊細な技術と大胆なデザインに感心しきりで順路を進んだ。

 

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格好良い商業用デザインも、余計な物がない自然や人物も、試試行錯誤が感じられる自画像も可愛い動物たちも、その動物を管理していた飼育員さんの横顔も、メスキータの対象への愛が感じられる。

どれもこれも好いなぁとほくほくで角を曲がると、第4章の悪夢のドローイングに殴られた様な衝撃を受けた。

 


変だな怖いなでも惹かれるな。

それは大海赫氏の絵本に通じる。そういうテイストが好きなのだ。

だがメスキータのドローイングには、そのような好き嫌いを通り越して心に直接明確なメッセージを訴えかけてくる。

 

メスキータはホロコーストで亡くなった。


邪悪な権力に制圧されて抵抗しひねり潰され狂う心がキャンバスに吐露されている。歪んだ世界を緻密に描き出す第4章のドローイングの数々は圧巻だ。写真でお伝え出来ないのが残念だ。

ナチスへの直接的な批判は決して許されなかったこの時代にせめてものアートでの批判だったのだろう。

メスキータが描いたのは市井の普通の人の異常な感情だ。

 

これらを命からがら持ち出したエッシャーは、いつ捕まって師匠と同じ目に遭うか、どんなに怖い思いをしたことだろう。エッシャーの師弟愛の深さと芸術を守ろうと命をかけた鼓動が、保存性の高さから伝わってくる。

 

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メスキータは天才だ。

ファンタジーと解釈されるドローイングの数々を見て確信する。

だが天才にこんなものを描かせてはいけない。

こんな歴史は絶対に繰り返してはいけない。

 


ミロスワフ・バウカの「石鹸の通り道」にも衝撃を受けたが、メスキータのドローイングにはもっと心をえぐられた。

彼の悲しい最期に悔しい涙を、雨上がりの終着駅に一杯染み込ませてしまった。

 

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あれ?これだけしかないのか。

ここは東京駅である。新幹線の待ち時間にまわれてしまいそうだ。点数が少ないからゆっくりじっくり見ることもできる。

しかし本当のところこれだけしかないのは迫害によって破壊されてしまったせいだ。

彼らは、メスキータの命だけでなく作品もゴミのように扱った。

 


憎しみからは憎しみしか生まれない。わたしは彼の作品を命がけで守ったエッシャーに愛と賞賛を送りたい。

 

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東京駅舎の一部なので煉瓦壁は重要文化財だ。

崩れかけた煉瓦に「ふれないで」と貼り付けられた注意書き。歴史の重さを感じさせる。

東京ステーションギャラリーは人の出会いと別れを見下ろしながら、人間の素晴らしい面も残酷な面も語り継ぐ宿命を負わされている。

 

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塩田千春 ふるえる魂

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雑草を引き抜くときに感じた恐怖と手の感触

 

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塩田千春が初めて感じた死の感触である。

この解説文を森美術館で読み、わたしは激しく頷いた。

 


汚い話で恐縮だが、家で見つけたらゴキブリもクモも見逃す。木の枝を落としてくれと家の者に頼まれたらとりあえずご先祖と近所の観音様に手を合わせてからでないと切れない。雑草に在る魂とわたしの魂と何が違うと言うのか。

 


何となく作者と意気投合した気がして揚々と歩を進める。

 

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チャイニーズを話すティーンエイジャーがカメラ片手に、カッコいい絵の前でカッコよく友達を撮ろうとポージングに懸命に工夫を凝らして指示しており作品を全く見ていない。

 


こういう子たちとも根っこは繋がっているのだなぁ。

 


わたしは縄文人のDNAを持つ。遺伝子検査でも歯医者の解説でもそう説かれたから間違いない。

 


しかも中国南部を通って上陸したほうの縄文人だ。

 


だからこの子たちは遠い親戚なのだ。

 


その、DNAという「精密なシステムで繋がっている」ことをまざまざと見せつけるのが彼女の糸を使ったインスタレーションだった。

 

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嫌なもの、良いもの、実用的、気味わるい、美しい、決め付けるのは見る者だ。見る者の心が反映されるだけで、塩田千春は「こういう風に見てくださいよ」というメッセージを強くは発信していない(様に見える)。

 

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彼女は自分をよく知っていて、学生時代描いた秀逸な油絵をほんの一点ここに展示しただけで油絵を描くこと自体をやめてしまう。以来、ドングリや裸体の自分自身を使うことからインスタレーションを始める。

 

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この先は、わたしの解釈だ。独断と偏見と言ってもいい。こんなものは読まずに実物を見たほうがいい。これから見る方は読まずに足を運ぶのをお勧めする。

 

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彼女が多用する赤や黒の糸は、何の象徴だろうか。

 


切っても切れないもの

結ぶもの

撚るもの

つなぐもの

 


血管や血の繋がりやしがらみと言った生を紡ぐものや、死神の手から発せられる蜘蛛の糸のような腐りゆくもの、延いては時間のようにも思われる。

 


昼間の時間に行ったら2分と待たずに入場できたのに、2時間後退場したらぐるぐる渦巻のとんでもない行列が出来上がっており気の毒だった。

 


記録的な人気だと聞いた。

一部除き撮影可能という大盤振る舞いなのでお気に入りの一枚を収めつつ塩田千春の世界に浸ってはいかがか。

 

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