【砂丘の双翼】DigiCon6 JAPANの20周年授賞式に寄せて
何度もまばたきをしたけれど、それが靴には見えなかった。
片桐仁さんの印象は、全力で楽しむ人である。着席早々、座席の真横の通路から覗いたのは組んだ左足だが様子が違う。
開場時に見かけたのは真新しいゴツめのReebokでエアロビクスでも踊り出しそうだったのに、授賞式場である映画館の椅子からはみ出るそれはどう見てもスニーカーよりひと回り小さい。こっそりと足先で器用に脱いでしまったのだろうか?
DigiCon6 JAPANの20周年授賞式で今年創設された『片桐仁賞』を差し上げたのは、体高25メートルの『モフキリン』をはじめとする想像上の動物をしゃっちょこばって紹介する、小林賢太郎さんの『THE JAPANESE TRADITION〜日本の形〜』を彷彿とさせる作品だった。
四角四面のナレーションが入った、荒唐無稽な、しかし紋切り型の動物紹介ビデオパロディ。
その作品へのコメントは
最初から最後まで僕、可愛い可愛い言ってましたもん。
他の作品を観ていて作り手の情熱に引き気味だったところ、この作品に癒されました。他の名前の賞は付かないと思ったし。
受賞者が副賞に『鯛phone5』のiPhoneケースを受け取った瞬間やや失笑の会場だったけれど、それも計算済みのようで、
他にこれをもらった共演者は、ヒレのトゲトゲが痛いってすぐ使うのをやめてしまったんですよ。
と追加。でも、その価値は
「使ってこそですよ?」
優しい口調で厳しく促す。
受賞者は根負けしたのか、自宅にiPhone5がしまってあるのでこれから使う、とのこと。
『JAPAN Gold賞』には、『片桐仁賞』とは打って変わってもう質問が止まらないんですけどモードで寄り添う。
それもそのはず。
導入部、メルヘンな羊の人形を使った、童話をモチーフにした話だと思わせておいて、とんでもない波乱の展開に目を覆いたいような見開かざるを得ないような。そして見れば見るほど多くのメッセージが込められていたからだ。
「なんで、あんなことに。お父さんが。男の子じゃないですか。」
不穏なワードを隠して尋ねようとすればするほど、たった今目の前で起こっている事件に狼狽える人みたいになってしまう。つい数分前にそれを目撃した全員に、身動きの取れない焦りと不安をぶり返させる。
こういう時にこちらはのめり込んでしまっていて気付かないのだけれど、あとでしまった!また片桐さんにしてやられたりだ、とひたいを手で打つ。
片桐さんのコメントは狡い。
どうしたって観客は引き込まれてしまう。
受賞者はいつの間にか引き立てられている。
これじゃあ審査員でプレゼンターというより、観客の内のひとりだ。
他に表しようがない。
笑わせてやろうとか、上手いことのせようという魂胆が全く見えなくて、あまりにも自然に心に入ってきてしまうから、片桐さんの言葉が片桐さんが仰った言葉なのか自分の感想として頭の中にあったものなのかわからなくなってしまう。
終始、審査員然としておらず、それどころか
「僕という人間は才能のある人にすり寄っていたいんですよ」
なんて彼らの才能を賞賛して「一緒にお仕事してください」と半ば、いや、100パーセント以上本気で壇上で受賞者にお話ししている。実際、BS TBSのオープニングのコラボが決定しているそうだ。その彼とはカメラが回っていなくてもお喋りし続けている。
スタッフも壇の下から受賞者の移動方向を指し示すのだが、片桐さんは受賞者の背をてのひらでゆったりと押して一緒に歩いて行く。
その様子が、お客さん扱いではなく、同士、仲間、切磋琢磨し合う関係に、もう既になってしまっているようにすら見えた。実際はこれからなのだけれど。
片桐さんは喩えるなら半分開いたままの扉で、会場に一気に風を起こしたりそこから暖かい陽光が漏れ出したり、こうして初めて会った受賞者をその中にすっと迎え入れてしまう。
審査員席でもゲラゲラ笑っていて、副賞の臭いチェッカー『kun kun body』について、加齢臭や汗臭さを判定するのにご使用くださいね、とのアナウンサーから受賞者への言葉に「やだよー!」と離れた席からツッコむ。その声に緊張の糸が切れて会場が笑い出す。一度火が付くと雪崩のように皆笑い続ける。
ドレスアップした受賞者も居り緊張気味の学生が多く、彼らの硬い表情がふわりと揺らいだ瞬間だった。その時、根本は本当に、『お笑い』なんだなぁ、と思った。
山田詠美の『放課後の音符(キイノート)』にこんなくだりがある。
『絵の中の人は絵を描かないでしょう』
美しい女の先輩とティーンエイジャーのやり取りだ。
授賞式で拝見する前にわたしは片桐さんと道ですれ違った。受賞作品の上映会と授賞式の合間のことだ。
東京都写真美術館の表玄関へ向かうエントランスホールは白と黒のタイル貼りの廊下様で秋の午後の柔らかな陽が伸びていた。右手には巨大な三枚の写真。その黒白の砂丘の前を長く薄手の水色のコートを翻し歩いてくる片桐さんからは、体温も息遣いも足音も感じられず、一枚の絵だった。他に人はおらず、片桐さんの歩みが作り出す風以外、全ての動きが停止していた。
入り口で立ち止まりニシキキンカメムシの腹を操作するため俯いた首すじは日焼けの名残も無く、再び歩き出すと白い石の美術館に消えた。完全にキャンバスの中に描かれた人になってしまったかのように見えた。
ところが、その1時間半後にホールに現れたのはワクワクが止まらない『人間・片桐仁』だ。
イベント開始のベルで幕が開くとその人は見紛うことなき、好奇心一杯の、引き立て上手なコント職人になっていた。
人をおとしめることもせず、上から批評することもなく、ひとりの見物人になって、かつ受賞者の目線になって、全員笑顔にしてしまう。
楽しい事があれば軽々と何処へでも飛んで行き、周りを巻き込んで日常から驚きと笑いのある世界へと連れて行ってくれる。
その足先の白はReebokだろうが靴下だろうがきっと彼の翼なんだろう。
※受賞作品は
http://www.tbs.co.jp/digicon/20th/winning/regional.html
で全て観られます。